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2011年12月12日月曜日

原宿、代々木にて

晴天の代々木公園では若者が芝居の練習をしていたり、合唱の練習をしていたり、近隣の人がジョギングしていたりと、紅葉の季節も変わらず人々の活動が活発に行われていた。
代々木公園の紅葉の様子


こちらは東郷神社にいた猫
池の鯉を狙っているのか


石の上には亀もいた

明治神宮の様子

神宮を代々木方面に出たところのイチョウ並木
なかなかきれいだった

アンセーニュダングルというなかなか評判のいいカフェが原宿にあるとの噂を聞きつけ、この日寄ってみた。

すると、竹下通りなどの喧騒とは打って変わって、そこは地下一階に佇むひっそりとした静かなカフェだった。

私はブレンド珈琲を注文したが、小さめのカップで出てきたブレンドはなかなかおいしい。全面禁煙か分煙の店だったら原宿に来る度に立ち寄りたいところなのだが、、、。

2011年12月9日金曜日

寒い日に、、、

井の頭公園に紅葉を見に行ったがあいにくの雨(12月8日)。
かつ寒い。
そのため人は少なかったがそれもまた風情があっていいか、、、。

地面には落ち葉がいっぱいだった。

噴水は雨の日も水を噴き上げる

2011年12月8日木曜日

枯葉の上で

この時期は特に人気の六義園(12月7日)。
やはり人が多かった、、、。
入ってすぐのところも紅葉真っ盛り




こんなふうに猫も転寝してました

2011年12月6日火曜日

イチョウ並木のもとで

明治神宮外苑のイチョウ並木より

信濃町駅を出てすぐにこうして紅葉が始まっている

歩道橋から望む東外苑通

イチョウ並木


奥に見えるのが絵画館
手前ではイチョウ並木まつりなるものの出店が、、、

老人もこうしてやってくる

2011年11月30日水曜日

イチョウの木より

立川でmri検査を受けた後近くの昭和記念公園に行こうと、一駅電車に乗って西立川へ向かった。

昭和記念公園は西立川駅を降りると目の前で、門をくぐると秋の日差しを反射した大きな池が広がっていた。それはいかにも秋の公園らしい印象だった。この光景にmriの記憶がやや遠のくのを感じながら、私は池の左側の道を通って以前猫を見かけた日本庭園へと園内を1キロほど歩いた。

途中には、先日津和野で見たのと同じく黄金色の葉をつけたイチョウの木があちこちで目立っていた。私は数百メートル歩いて身体が熱くなってきたところで、大きなイチョウの木の前にあるベンチに腰を下ろして一休みすることにした。隣に立つイロハモミジがほどよく日差しを遮ってくれるところである。

イチョウの木からは、風が吹くとパラパラと葉が流れ落ちる。なのに大量の葉を抱えるイチョウはそのボリュームを一向に失うことがなく、そこには一人の人とじっくりかかわるような安心感が見出せた。

木の周囲では、老人が御座を広げて鼻歌を歌い、まるで私と同じ心境を味わっているようだった。その老人もしばらく後に帰途にたつのだが、その際に荷物をきれいにまとめて芝生の上が跡形もなくなるさまは、風が吹くたびにどんどんイチョウの葉が落ちるのと同じく一瞬のことだった。

そんな一瞬の変化が園内のあちこちで起こっていた。そして、葉が落ちても落ちてもまだ葉を抱え、イチョウの木は生命の象徴のように空に向かって聳えていた。

ずっと吹き続ける風に身体も冷えてきたので、私の体温を奪ってようやく温まってきたベンチに名残惜しさを感じながらも、私は腰を上げて日本庭園へと向かうことにした。

日本庭園は、紅葉の季節は特に人気があるのか、わりと人が多かった。

雪吊りの松を望む方には、絵葉書におさめたような美しさがずっと続いていた。多くの人がその景色の前で立ち止まるのだが、それは私を包み、私を守り、私自身でもあると思える自然の木の連続だった。

しかし、台風などでその中の一本が根元から倒れ落ち、その安定感を失った挙句にそれが原因で私を苦しめることになると思うと、心の平静を保つのは難しかった。それでも、一度つくった傷がいつか治るように、その木がこれまで毎年落ちていった葉と同化する頃には私の傷も癒えるのだろうとも想像できた。

ゆったりと東屋のベンチに座って、今日も多くの人が温泉につかるように何かを癒して、ある人はその光景をカメラに収めて、ある人はスケッチして帰っていく。

日本庭園を出るところで以前見かけた猫とばったり出くわしたのだが、mriの緊張もすっかり解けて、猫との再会にホッとして、とてもいい散歩だった。

2011年8月30日火曜日

稚内公園より

稚内公園は稚内駅から15分ほどのところにあり、鳥居をくぐって入っていく。

とは言っても車や観光バスで訪れる人は別の道路から乗り入れてくるし、徒歩で観光する人が少ないため、鳥居をくぐって氷雪の門まで1キロほど歩くも、一人二人しかすれ違わない。このあまり人気のない遊歩道は、果てしなく上る階段により導かれるのだけれども、その階段にはチップが敷き詰められて弾力性があり、足に優しいのが嬉しかった。そしてその道のりはあっちにもこっちにもアジサイが群生し、今もなお青や紫のきれいな色彩を放っていた。

そんなアジサイを楽しみながらさらに公園の丘を上ると、やはり再びアジサイの群生が現れる。高幡不動尊のアジサイもすばらしいが、ここのアジサイも見頃の頃はさぞ圧巻だろうと思われる。


そして道しるべの矢印に従い短歌の道へ。

達筆の筆字で短歌が詠まれ、私には字すら判別できないところがあったが、さぞ趣のある短歌だろうと想像し、その後見晴らし台から見る港の眺めの美しさに感動したときは、こんな心情も詠われているのかもしれないと思った。
 
鳥居

港の方

この階段を上っていく

そんな折、出航する船がボーっと汽笛を鳴らして港を離れていった。私は海の近くの公園らしいこの趣が気に入った。港と一体となったところでさらに歩き進めると、次なるプレゼントのように最北の地で初めてとなる花壇のお目見えがあった。
 
そこからけっこうな階段を上がると、氷雪の門があり、広々と広がる公園には南極物語のタロとジロの記念碑があった。南極上陸に向けた犬ぞりの練習を稚内でやったことからここにこれらの像が設置されたそうだが、いかにも最北と呼ばれる地である。
 
それにしても、南極探検隊の話といい、氷雪の門の樺太での死者の話といい、稚内公園はどこか物悲しい。それでもこれらの記念碑がある広場には多くの観光客が車で押し寄せて、そんな物悲しさとは裏腹にとても賑やかなのだった。
氷雪の門

その近くからの眺め

2011年7月12日火曜日

観覧車

目覚めてカーテンを開けると11階のホテルの窓からは、キタラホールでのコンサートを終えて昨日の夜9時過ぎにはまだゆっくりと大きな円を描いてまわっていた観覧車がぴたっと静止して周囲のビルの中に溶け込んでいた。青色を放っていたネオンも今は空の水色に変わり、すぐ西側には低い山の稜線が見えたのが大都市札幌とはいえ北海道らしかった。

昨日行った中島公園は、札幌駅を南口から出てまっすぐ伸びる通りをどこまでも進むと数十分でたどり着くところに位置する。新宿駅とと新宿御苑くらいの距離だろう。

この公園は藤棚のどでかさといい、小石川後楽園や六義園の池に比べて野放図に広がる菖蒲池といい、どことなく回遊式日本庭園の様相を見せるのだけれども繊細さとは遠いつくりで、そのおおらかさがどこまでいっても北海道らしく、そういえばこういう風土のなかで自分は育ったものだと思い出すことができる要素がたくさんあった。

公園内には豊平館という洋館があり、この洋館は水色を地色とするさわやかな建物で、北国北海道のすがすがしさが投影されて、東京から着いたばかりの私の目には優しく映った。

中島公園の中ほどにあるこの豊平館まで来ると、ここ札幌の通りを歩いてきて一度も出会ってない猫にそろそろ出会うのではないかとの期待が膨らむ。そして豊平館近くの木に覆われた芝生で、黒猫ちゃん二匹が新参者の私につぶらな瞳を向けていることに気づくのだった。近くには他にも5匹ほどのトラ猫、三毛猫などがピョンピョン跳ねて、近所の人々がごはんをあげていた。この公園にもやはり地域猫はいた。そしてその後黒猫ちゃんらはおばちゃんと、池のほとりで魚や艶のいいカモたちを眺めていた。

私がここ中島公園に来た目的は、PMF2011という国際教育音楽祭のコンサートの一つを聴くためである。

ハイドン、ドヴォルザーグ、モーツァルトと三人の作曲家による弦楽曲が演奏されたが、4人(最後のモーツァルトだけ5人)の素晴らしい演奏家たちによるそれぞれの曲は、作曲家が変わるごとに色を変え、まったく違うテイストを見せた。誰が演奏してもモーツァルトはモーツァルト、ハイドンはハイドン、ドヴォルザーグはドヴォルザーグであることが彼らの偉大さに思え、最後にはそんな作曲家と演奏家に惜しみない拍手がもたらされた。

この音楽のためか、この日の夜はとても寝つきがよかった。窓の外の観覧車のゆったりと円を描く動きも脳に睡眠促進効果をもたらしたのかもしれない。

旭川出身の私にとってろくに来たことのない札幌はリトルトウキョウとのイメージが強かったが、それでも東京よりずっと落ち着く街のようである。

2011年6月19日日曜日

鶴岡公園周辺散策・カモの親子

鶴岡公園には庄内藩主だった酒井家を祀る荘内神社があり、時代小説で江戸の頃を描いた鶴岡出身の藤沢周平記念館がその南東隣に、さらに公園を出てやや南東には庄内藩校だった致道館が位置し、なるほど江戸情緒満載と思いきや、致道館をそのまま西に行った公園を出て道路を渡った目の前には慶応義塾大学先端生命科学研究所と東北公益文化大学大学院の、いかにも時代の先を行く研究をしてますよというピカピカのモダンな建物がある。

生命科学研究所ではバイオの、公益文化大学院では社会の公益を実現すべく企業やNGOなどのマネジメント等の研究が行われており、これは教育・研究段階で言えば致道館の舎生にあたると思われるが、時代が移り徂徠学を重んじた当時とは大きな移り変わりである。ところがいかんせん使われる言葉が、藩校では「戦国時代の戦術」だったり教えは孔子だ孟子だだったりで、研究所や大学院では「戦略」だったり「理念」だったりと、姿かたちを変えても求めるところはとても似ている。

そんな新旧の鶴岡に触れ、丙申堂の南の内川沿いに建つ天主堂の黒い聖母マリア像に会いに行った後、もう一度公園内を散歩しようと緑茂る中へと入っていった。すると、先ほどもいたカモの親子が、でもよく見ると先ほどのカモたちとは違うカモの親子が、陸に上がって休んでいた。二羽の子ガモはずっと親ガモの腹の下に隠れ、天敵から身を守っているようだった。親子はひとしきり寝心地を確かめたところで、私が眺めている数分の間にすっかり眠りについた。それでもカラスが飛んできたりと異変があると、親ガモはすぐに目を開いて警戒を怠らないのだが、子ガモたちは安らかに眠り続けている。池では他にも10羽ほどの子ガモがあっちウロウロこっちウロウロと人の子供のように落ち着きなく動き続け、こちらのほうもしばらく眺めていると、二羽の親ガモがどこからか子ガモのいるそばの水面に降り立った。その後はきっと、池の私がいるところとは反対側に行ってしまったようで、どうなったか目で追うことができなかったけれども、目の前の三羽の親子は引き続き、やや無防備にも見えるが大空の元で眠り続けていた。

午後の3時も過ぎると、鶴岡公園には高校の部活動の生徒たちがスクールジャージでランニングに訪れる。彼ら彼女たちは藤沢周平の母校である鶴岡南高校の生徒か、その隣の鶴岡工業高校の生徒だと思われるが、まだまだはちきれんばかりの元気さがあった。

公園の一角にある見頃を迎えたバラ園でも、日差しが弱まった昼下がりには、笑いながらランニングをする高校生ほどには動かなくなった近所のおばあちゃんたちが、憂いの数の皺を表情に浮かべて、何話すわけでもなくベンチに集まってきていた。私がカモに夢中になっていた池のほとりのベンチでもそういえばそうだった。

鶴岡公園は皇居や大阪城公園に比べ人の数は各段に少ないが、地元に根付いているようで、近所の人たちは時間になるとどこからともなく現れ、適当な時間になると家へと帰り、次の日に再び同じ場所で会うのを待つのだった。

日本のどこにでもあるそんな光景がここ鶴岡にもあり、私は初めて来た気がしないような感覚に襲われながら、借りた自転車を返しに鶴岡駅へと戻った。
鶴岡公園のバラ園

研究所・大学院の敷地内にある「百けん濠」という
レストランで食べたランチ
右上のうどんのようなものは麦切りという。
うどんとあまり変わらないが鶴岡ではそう呼ぶらしい。

天主堂

親ガモの下に子ガモが二羽いる

大分落ち着いてきた模様

池にはこんなに子ガモが

親子で眠りについたカモ

2011年6月8日水曜日

6月の自然教育園

松岡美術館で見たミレイの『聖テレジアの少女時代』という絵画に出てくる少女について考えていた。天真爛漫な弟に比べて、まだ同じ子供なのに、緊張したような不安を抱えたような表情をして歩く少女だった。子供が厳しい現実に気づいたときの顔はこういうものなのだろうと思うとこちらの胸まで痛くなってくる。そんなことを思いながらが、すぐそばの自然教育園に入った。

雨上がりだったけれども中学生の団体が数名ずつ方方に散らばって、鳥の鳴き声よりも目立つ話し声を響かせながら自由気侭に園内を歩いていた。とても元気だ。ただ、男子はなぜか礼儀正しく、私が通り過ぎるときに「こんにちは」と挨拶をしていく。女子はそんなことをする気配がないのに、なぜ男子は完璧なまでに挨拶をしていくのか、謎は深まったが理由は最後まで分からなかった。

彼らと同じくらい園内を賑わせていたのは、至る所に咲いているドクダミの花である。ヤマアジサイより下方に咲くドクダミは、小さく清楚に花を咲かせ回廊をつくっていた。アジサイより更に高いところにはドクダミと同じく白色を出すヤマボウシが空に向かっていた。

その後池の近くでは絶滅危惧種であるノハナショウブとアサザを見かけた。ここで多くの中学生とすれ違ったが、彼らはノハナショウブの濃い紫にもアサザの鮮やかな黄色にも関心を示さず、クサガメの方に興味を持っていた。色でいえばよほど目立っている花たちだが、水面上に顔をニョキッと出して何かをアピールするような仕草をするカメの方が彼らの目にはよく入るらしい。

頭上では新緑が無数の重なりを見せ、雲から覗く太陽の光を器用に遮っていた。かと思うと、突然光が降り注ぐエリアがあって、眩しさに気を取られるのだった。

道路を走る車の音が隣をずっと追ってくるのが気になる散策だったけれども、ともあれ束の間の自然を楽しむことができる自然教育園である。

2011年4月30日土曜日

鴨川散策・下賀茂神社

地下鉄の三条京阪から地上に出ると鴨川が流れている。すぐ近くを走る国道一号線は東京の日本橋まで続いて、国道一号線の始点になっていると夫が教えてくれた。

川岸の遊歩道に下りると、サイクリングやランニングをする人、散歩する観光客が多数この遊歩道を利用していた。鴨川の流れ自体は緩やかだが、いろいろな川からの水が注がれるために、その注ぎ口となっているところの近くでは滝のような音が響いている。

その水音にすっかり注意を奪われていると、昨日穴太寺で見たシロサギがこの鴨川にもいることに気づき、こんな市街地にもシロサギがいることに、京都の自然をあなどっていたことを反省しながら下賀茂神社へと北上した。

歩いていると、京都独特の朝夕の底冷えで冷えていたからだが徐々に温まり、菜の花が咲いてヤマブキの橙色が鮮やかな鴨川沿いの風景を楽しむ余裕が出てきた。そして、嬉しいときも悲しいときも、ここはどんなときでも自分のペースでゆったり過ごせるところだと思えるとの感想を持った。
鴨川に咲くヤマブキ

鴨川

鴨川から川原町通りに出るとカフェがいっぱいある。なぜここにこれほどカフェがあるのかはわからないが、とにかくいっぱいある。その中で、私たちは通りの裏道にある鴨川カフェなるところに入った。そこは広々としたスペースに大きなテーブルと椅子が並ぶゆったりしたカフェで、私は本日のランチを注文したが、低価格なわりに食事メニューもなかなかな充実ぶりと思えるものだった。

カフェで栄養補給をしながら一時間ほど過ごし、足の疲れもどうにか取れてきたところで、再び下賀茂神社を目指した。標識によると、あと一キロとある。朝は随分冷え込んだのが、昼を過ぎたこの時間帯にはすっかり春の陽気で、上着を脱いでも汗ばむくらいだった。そしてがんばって歩いたところでようやく下賀茂神社に到着した。

参道である糺の森には、入ってすぐのところに鴨長明に由来する河合神社がある。ブナなどの落葉広葉樹の多いこの森は、木陰が良い具合にできていて、蒸し暑くなってきたところで私はほっと一安心するのだった。ややもすると奈良の小川の御手洗という小川が見え、そこでは参拝客が手を洗っていた。私も石段を降りてみると、とてもきれいな水に驚き、説明書きによると、これは湧き水とのことだった。そしてこの水で私も手を洗ってみるのだが、本当に手がすっきりきれいになって驚いた。
河合神社

奈良の小川の御手洗

さざれ石

その後君が代にうたわれる「さざれ石」を横切り、社殿がお目見えした。ここでは結婚式を終えた人が記念写真を撮っていたり、祈祷の順番を待っている人がいたりと、参拝客も神主たちも忙しそうだった。
下賀茂神社・社殿

下賀茂神社の参拝を終えた後は再び鴨川に戻り、川沿いで一休みすることにした。来るときよりもさらに人が増えた感のある川沿いでは、午前中はあまり見られなかった子供連れのファミリーも多数見られた。ただ、おそらく福島原発によるものだろうが、京都にしては外国人が少ないのがやや寂しい感じだった。それでも地元の人、国内の観光客で賑わう鴨川であり、下賀茂神社だった。

そして猫好きの私にとって最大のうれしい出来事は、やはり鴨川での猫との出会いだった。小柄でスリムなホワイトソックスの縞猫ちゃんは、ゆったりゆったり土手を歩き、平和の象徴のように私の目には映った。

鴨川沿いで見かけた猫

のんびり歩いている

ただ近づくと警戒する


その後足も大分疲れたことだし京都駅に戻ろうと思ったが、せっかくだからと川原町通りを渡って今出川通りを進み、ほどなくして出てくる京都御所に立ち寄ることにした。

立ち寄るといっても、東西700メートル、南北1300メートルあるというこの公園を南北に歩いて地下鉄丸田町駅まで行こうとの予定だった。あと1300メートル歩くのかと思うと非常に億劫に感じられたが、滅多に来ることもないと思うと貧乏症的欲が出てきて意地でも歩ききろうとどこからともなくガッツが湧いてくるのだった。当然そのガッツをもっと必要なときに出せればいいのにと思うのだけれども(たとえば手術の時とか)。

妙な意地だと思いながらも、永遠と続く御所の肌色の壁に瓦屋根は、子供たちはここにボールをぶつけて遊んでよく怒られたりするんやなどと、夫の他愛もない話を聞きながら歩くとなかなか面白い。東京でこれくらい広い公園は、皇居か新宿御苑くらいしかないと思うが、この規模の公園・庭園となると、やはり大名や天皇家でないと無理なのだろうとつくづく思うのだった。そしてそれは当然のように市民に開放され、実際に多くの市民がくつろいでいるのを見ると、こういう権力だったら悪くないとも思えた。

今はボタンザクラがフワフワに咲いてとてもきれいな京都御所である。意地でも1300メートル歩いてよかった、、、。
京都御所のボタンザクラ

2011年3月22日火曜日

大阪散策

高校の修学旅行で関空を利用して以来初めてとなる大阪を散策することにした。最初に行ったのは四天王寺である。

宿泊した新大阪のビジネスホテルから御堂筋線、谷町線と地下鉄を乗り継いでやって来たものの、最寄り駅の四天王寺夕陽ヶ丘に降りても大きなお寺の雰囲気とはほど遠い中層階のビルが並ぶビジネス街にしか見えずやや戸惑ったが、四天王寺への矢印がある方向へ向かうと程なくして参道が現れ、両側には土産物屋が並び、それまでとは打って変わって人が多くなった。四天王寺の境内に入っても人が多いことに変わりはないが、青空市のように出店が多く随分と庶民的で、ここ数日間京都のお寺を見てきた私にはちょっとした驚きとなった。そして都内で見る価格の半額くらいだった屋台のやきそばなどにはさらに驚いた。大阪のすごみを見た気がした。

亀井堂では経木流しが行われていてひと際人が多かった。それは本当に経木が海に流れていくようだった。その後宝物館と本坊庭園に行ったが、有料だからか境内の賑わいに比べてこちらはほとんど人がいなかった。
亀井堂

本坊庭園は、地獄を通って最後は極楽浄土へというシナリオが組み込まれた造りの庭園なのだが、地獄の部分も極楽の部分も私にはすべて居心地よく楽しめた。順路通りに行くと最後に方丈が出てきて入り口正面の壁絵を楽しめるのも嬉しい。そして方丈の縁側の前に広がる補陀落の庭は、それまで続いてきた庭以上に良かった。和風建築に囲まれたこぢんまりとしたこの庭はとてもシンブルで、梅のピンクと椿の赤が明るいアクセントとして彩りを添えていた。誰もいない縁側に座り、ずっとその光景を眺めるのは随分な贅沢に思えた。
本坊庭園


実は貪欲にそこそこ観光をしてきたことが祟って、大阪に着いたときにはフラフラだった。そして四天王寺に来るときもやはりそのフラフラ感は続き、地下鉄の乗り換えを間違えるなどのミスをおかしながらもお寺に着くと、ボーッと境内を歩き、ようやくこの浄土の庭にたどり着いたのだった。いろいろな菩薩や如来を見ているうちに大分正気を取り戻したように思えたが、誰もいないこの庭園が一番の私の落ち着きとなったと思う。大阪の人はこの手の庭園にはあまり興味がないらしいが、逆に人がいなくて私には幸いだった。
方丈

補陀落の庭

その後、大阪の町を見て歩こうと四天王寺を出ていく人の流れに沿って一緒に歩いていると、いつの間にか天王寺商店街に出た。人の多さのわりに道幅が狭いために、行く人と来る人で押しくらまんじゅう状態が続き、どでかい声で声かけをするあんちゃんがいたり、怒ってるんだかただ単に説明しているんだかわからないおっちゃんからおばちゃんが妙に納得顔で買い物をしていたりと、これが大阪でものを買うということなのかと実感しながら、やや怯えつつJR天王寺駅まで歩いた。昼時でお腹が減ってきたために地元のレストランにでも入ろうと思ったが今一つ勇気がわかず、意を決して入ったところは満席で、結局ドトールでランチを取った。ちょっと情けなかった。
 
五智光院

ハトがいっぱいの石舞台


その後地下鉄谷町線に乗り天満橋で降り、大阪城公園を目指した。駅の周囲は完全に官公庁街でありオフィス街であるが、大阪テレビ、日本経済新聞を過ぎて数分歩くと京橋が登場して公園が見えてきた。

巨石からなる石垣は皇居の石垣に負けずとも劣らない迫力で、まずその石垣に圧倒される。そして内堀を渡って天守閣に向かうも、広くて歩けど歩けど天守閣にたどり着かない。微妙に上り坂なのも疲れる要因となった。公園内は皇居と同じく地元の人らしき人が数多く散歩したりベンチで休んでいたりで、広く市民に親しまれている感があった。

金色の装飾が施された天守閣はその金が故にとにかく遠目にも目立つ。そして間近に来てみるとやはり金が際だつのだが、前の広場には観光客が多くて、これだけの人を呼ぶにはこれくらいきらびやかであることが普通なのかもしれないと、妙に納得してしまった。疲れたので天守閣には入らなかったが、外から見るだけでも十分満足できた。
内堀

天守閣

天守閣付近から見る大阪の街は、高層ビルの数は全く違うが皇居から見る大手町や東京駅あたりとあまり変わらないと思った。どんどん再開発が進んでも、こうした大きなお城は残るらしい。

天守閣から大阪城梅林へと降りていくと、種類によっては満開の梅の木を見ることができる。降りていく途中で見る梅園は、その先に広がるビジネス街の手前にあるにもかかわらず、散った花びらも多いこともあって小さな存在感しかなかったが、梅林の中に身を置くと、一つ一つの花の美しさに驚かされた。
梅林




その後桃園にも寄って地下鉄長堀鶴見緑地線の大阪ビジネスパーク駅から心斎橋乗り換えでホテルへ戻ることにした。ところがせっかくだからと心斎橋で降りて街を歩いてみることに、、、続く。

桃林