カフェにいるピアスをする若い男が、写真家紹介一覧にあった笑顔の顔写真の写真家と同じくらい、展示されている報道写真からかけ離れていて、一瞬、どちらが現実か戸惑った。恵比寿ガーデンプレイス内のエクセルシオールカフェである。ピアス男以外にも、履歴書を書く若者や、妙に活き活きと携帯で仕事の用を済ませる会社員などがこのカフェにはいる。
ここは私の住む多摩地域のカフェよりもはるかに冷房が効いていて、恵比寿のブランド力を見せつけられた感があるが、腐っても東京の意地だろうか。
それにしても、あれらの悲惨な現実だけを世界各国からわざわざ集めて展示する意味とはなんなのだろうと、世界報道写真展を一通り見て思った。この裕福な街の人にこんなに大変な現実があることを教えたいのか、それによって何かを煽りたいのか、写真家のお披露目の場なのか、、、。私にはその理由は掴みきれなかった。そして、報道写真とは、先進国の平和な人が普段見ることのない悲惨なもの、より残忍なものの方が報道価値が高いとされているようであることだけを理解した。
三階では『こどもの情景ー戦争とこどもたち』展が開催中で、このタイトルをこのご時世で見ると、放射能とこどもたちと置き換えたくなるものだと思いながら、過去の戦時中のこどもたちの写真を見た。
こちらは普通の街中の光景で、ここに映るこどもたちはどうなったのだろうとの思いがよぎった。
その後エクセルシオールカフェに行くと、戦時中の写真に映っていたこどもがそのまま元気に生きていればこれくらいだろうと思われる定年後の老夫婦がにこやかに会話している姿を目にした。恐らく戦争を生き抜いたあの人たちは、ほんのわずかだけれどもなにか希望らしきものを私にもたらしてくれた気がした。
このわずかばかりの希望を福島に。