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2011年8月5日金曜日

オオカミの親子~旭山動物園

私は宿泊したスーパーホテルのエアコンが工事の騒音なみにうるさかったためにろくに眠れず朝から疲れていた。が、「田んぼアート見に行くか」との母の誘いに、田んぼとアートという言葉の組み合わせに興味を持ち、旭川市は東鷹栖で見頃を迎えているという田んぼアートなるものを見に行った。

前後左右に水田が広がる道路は両脇にゴールドマリーのオレンジ色の花が設えられ、晴天の旭川に彩を添え、冬は雪が積もってやや心が暗くなる感のある北国の陰鬱さを忘れさせるような明るさをもたらしていた。それもこれも、前市長が人生をかけて東鷹栖をよくしようと尽力したからだとの母の説明であった。

そんなゴールドマリーに導かれるようにチョコッチョコッと田んぼアートへの矢印看板が出ている通りに車を走らせると、飾り気のない櫓が建っていて、その手前にどうやら田んぼアートは広がっているらしい。

この田んぼアート、地元産米のPRのために6年前からやっているとのことで、緑色の稲を下地に黄色や紫や赤の稲で彩色が施されているのだが、これが見事に美しく仕上がっていた。櫓の上から見てみると、確かに旭山動物園のクマが水に飛び込むところとツルとアザラシがなんともかわいく描かれていて、稲を植える際にラインをとってそれぞれの色の稲を植え分けたとは思えない一糸乱れぬ植え込みようで、関心するばかりだった。因みに黄色や紫や赤の稲は古代米である。

美瑛の丘も素晴らしいが、この田んぼアートも一見の価値ありである。旭川の人はこういうことをやると上手いもんだとつくづく思わせられるものがあった。

その後旭山動物園で3ヶ月ほど前に生まれたというオオカミの子供と、仲良しで有名というその両親を見に行った。

ところが、親子仲良くキャッキャと遊んでいるのかとの私の想像は外れることとなった。暑さのせいか、白毛の母オオカミも、黒毛の父オオカミも、白毛の二頭のメスの子オオカミも、黒毛のオスの子オオカミも、それぞればらばらの場所でグンニャリと寝転んでいた。ただ二頭の白色のメスの子オオカミだけが仲良く寄り添うように昼寝して、かろうじて私の期待をつなぎ止めるという役を果たしてくれた。

オオカミエリアは、子供が生まれたためと思われるが、その愛くるしい姿を見ようと多くの観光客が私のように駆けつけていた。すっかり営業部長のような役割を担うことになったオオカミたちは、それでもちょっと動くだけで歓声があがるほどの人気ぶりで、スターの存在感を知ってか知らずか発揮していた。

私はこの後小樽へと向かうために旭山動物園ではオオカミだけ見て退散したのだが、旭山動物園の遊園地のような楽しい園内の看板などの工夫がとても評価できるものだと感じた。大人から子供まで楽しめるとは、まさにエンターテイメントにおいてディズニーランドの域である。それを市がやっているとは大したものだと思う。

私が知っている最近の旭川で成功したものといえば旭山動物園かラーメン村くらいなので、ぜひとも今後もがんばってもらいたいと旭川を故郷とする私は切に思うのだった。

その後母に旭川駅まで送ってもらい、列車で小樽へと向かった。

見慣れた札幌駅で小樽行き快速に乗り換えると、早速海景色が出てくるのを期待したけれどもそんな早くに海が出てくるはずもなく、住宅地が続く車窓だった。それが朝里駅あたりから突如海が現れ、つい先ほどまで上川盆地の田園の中にいたところからタイムスリップしたようだった。

久しぶりの海の眺めは素晴らしかった。海水浴場では多くの老若男女が集まり潮のなかで遊んでいる。二つ、三つとそんな眺めを見送り小樽への期待が膨らむ頃、列車は再び住宅街へと入っていった。そして南小樽、終着駅小樽と進み、私は海のイメージと共に下車した。

小樽駅からは先ほど見かけた海水浴場のある海はまったく見えないのが少し残念だったが、どのみち近くに海はあるはずと、私はホテルに荷物を置き、1キロも離れていないはずの海沿いへと早速歩みをすすめた。

母はこの日差しをもう秋の日差しだと言っていたが、どうしてどうして、それでも私にはきつい夏の日差しに感じられる。海に向かう途中、一歩一歩潮の香りが強くなってくるのを感じながらも、下のアスファルトからの照り返しとあわせて暑さに身体が包まれ頭が朦朧として、道路向こうのソフトクリーム売りの売店に立ち寄ろうかと道草を考え始めた。すると、そんな私の横道にそれた意識を戻すべく、建物の隙間からチラと海が見えるではないか。

目的物が見えたことでやや勇気を取り戻し、やはり寄り道せず海に向かうことにした。しかし、海が間近に迫ると、観光用駐車場やら観光船乗り場やらで、海をろくに望む場所がない。右を見ると法務局やらがあってどうやら行政区域が続くらしく、やはり海に出られそうにない。左を見てもやはり海を望める雰囲気がない。ここで私は絶望の淵にたったと同時に気力が尽き、小樽の海は幻と化すのだった。旅も4日目で足はフラフラ、もう長距離は歩きたくない。札幌に住む友人が、小樽なんて水路一本しかないよ、と言っていたのがその時思い出された。

確かに海を楽しむところではなかったようだ。

そこで気を取り直して小樽運河へと向かった。運河はこの時のしょんぼりした私にとっては利用されなくなったプールのように見えた。私は海の大きさへの憧憬を捨てられず、ついつい運河に海を求めてしまうのだが到底無理な話である。

運河沿いに幾人もいる絵描きさんたちを通り過ぎ、私は石畳の段差にふらつきながら、運河倉庫の一角にある喫茶店に入った。

日差しを浴びて暑くなった外壁のレンガに比べ、建物内のレンガはひんやりしていた。観光シーズンだというのにそれほど人は入っていない喫茶店ではあったけれども、私が入店してしばらく後に8人連れの観光客が入ってきて店内はとても賑やかになった。

その賑やかさと朝里で見た海水浴場の賑やかさが重なってきたところで、いったんホテルへと戻り一休みすることにした。

田んぼアート
左がツルで右がアザラシ

クマ

田んぼアートの向こうは果てしない田園

そばで見るとこんな感じ

オオカミの子供たち
真ん中あたりに白二頭、左下に黒一頭

のぞき窓から見た子供オオカミ

こっちを見てくれた

母オオカミはこうして寝ている