高速道路の待合い所では、降りしきる雨から逃れようとする人でイスはすべて埋まっていた。と言っても4人も座ればいっぱいというくらいのイスに3人座っていただけであるが、みなそれぞれ帰省でもするのか、夏休みらしい光景だった。
5分後に来るはずのバスを待っていると、最初に韮崎行きのバスが来て二人乗車し、お次は満席の富士5号目行きのバスが通過し、その後おばあちゃんを見送りに来た母娘が、バスが来るまでの待合所でのおばあちゃんの居所を確保してから手を振って立ち去っていた。他に集まってきたのは若い男女一名ずつ。松本行きのバスが来ると、私も含めて待合い所にいた全員がバスに乗り込み、バスはほぼ満席となった。
10分遅れで発車したバスは中央道を走りゆく。それはガードレールが山並みを押さえ込むように高速道路を守っている道のりで、山を覆う木々の緑は迫り出さんばかりに高速脇まで密生していた。この日は雨の日らしく、山間の集落には霧が立ちこめ、ネズミ色の雲が低い位置まで降りていた。そして私はそんな景色を重々しく感じるうちに眠りに落ちてしまった。
目覚めたのはバスの休憩が入る双葉インターだった。その頃には先ほどまでの雨がすっかりやみ、松本観光は順調にできそうだとの期待が膨らんだ。しかし、15分の休憩が終わって再びバスが走り出すと、間もなく雨は降り始め、期待は不安へと変わっていった。
不安を抱えながらも、諏訪湖を望む眺めを過ぎて小規模の水田や畑を無数に通り過ぎ、棚田がちらほら見えたりすると、やはり長野もいいところだとの感想を持った。そして、バスが10分遅れで松本バスターミナルに到着すると、時折小雨が振るだけで、それは観光に支障がでるほどではなかった。
私は二度目の訪問となる松本城公園に向かったが、駅周辺にはそれほどいなかった観光客が公園内にはいっぱいいて、観光客の向こうに聳える黒塗りの天守閣の人気ぶりを物語っているようにだった。この小ぶりの天守閣は以前来たときも私は好感をもったのだが今回もやはりかわいらしく粋に見え、私がもっとも好きなお城であることは当分変わらないだろうとの思いを強めた。同行した夫はというと、東京を久しぶりに離れてほっとすると肩をなで下ろし、東京では極力控えている外食を松本でできたことを喜んでいた。
その後公園を出て夕食を終えると、ライトアップされた城を眺めたくてもう一度公園に行った。夜も7時になると、昼間いた観光客はぱったりといなくなり、地元の散歩をする人がぱらぱらと園内を歩いているだけだった。しかしそのひっそり静まり返った公園では、お堀の鳥がクワックワッと鳴きやんだかと思うとまた声を上げるというのを繰り返していた。特に美しいと思ったわけでもないその鳥の鳴き声は、天守閣をほのかに灯すライトの手前で目立っていたけれども、人影のまばらな公園に防犯音のような効果をもたらし、何か安全性を感じさせてくれた。
そして私は鳥が再び鳴く前に、夜空に神々しく佇む天守閣を後にした。