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2011年8月30日火曜日

稚内公園より

稚内公園は稚内駅から15分ほどのところにあり、鳥居をくぐって入っていく。

とは言っても車や観光バスで訪れる人は別の道路から乗り入れてくるし、徒歩で観光する人が少ないため、鳥居をくぐって氷雪の門まで1キロほど歩くも、一人二人しかすれ違わない。このあまり人気のない遊歩道は、果てしなく上る階段により導かれるのだけれども、その階段にはチップが敷き詰められて弾力性があり、足に優しいのが嬉しかった。そしてその道のりはあっちにもこっちにもアジサイが群生し、今もなお青や紫のきれいな色彩を放っていた。

そんなアジサイを楽しみながらさらに公園の丘を上ると、やはり再びアジサイの群生が現れる。高幡不動尊のアジサイもすばらしいが、ここのアジサイも見頃の頃はさぞ圧巻だろうと思われる。


そして道しるべの矢印に従い短歌の道へ。

達筆の筆字で短歌が詠まれ、私には字すら判別できないところがあったが、さぞ趣のある短歌だろうと想像し、その後見晴らし台から見る港の眺めの美しさに感動したときは、こんな心情も詠われているのかもしれないと思った。
 
鳥居

港の方

この階段を上っていく

そんな折、出航する船がボーっと汽笛を鳴らして港を離れていった。私は海の近くの公園らしいこの趣が気に入った。港と一体となったところでさらに歩き進めると、次なるプレゼントのように最北の地で初めてとなる花壇のお目見えがあった。
 
そこからけっこうな階段を上がると、氷雪の門があり、広々と広がる公園には南極物語のタロとジロの記念碑があった。南極上陸に向けた犬ぞりの練習を稚内でやったことからここにこれらの像が設置されたそうだが、いかにも最北と呼ばれる地である。
 
それにしても、南極探検隊の話といい、氷雪の門の樺太での死者の話といい、稚内公園はどこか物悲しい。それでもこれらの記念碑がある広場には多くの観光客が車で押し寄せて、そんな物悲しさとは裏腹にとても賑やかなのだった。
氷雪の門

その近くからの眺め

2011年8月29日月曜日

羽田から稚内空港へ

羽田空港に着いて携帯を見ると、母からの留守電が入っていた。10分前に通話が来たようで、十勝岳山頂にいるという。望岳台まではよく行っていたようで、しかし山頂まで登るには至らずいつも下山したきたのが、他の登山者たちに励まされながら、とうとう登頂を果たしたというのだからたいしたものである。それは本人が一番思っていることのようで、留守電の声もはちきれんばかりの喜びに満ちていた。そんな留守電を聞いて間もなくすると、私の搭乗する稚内行きの搭乗手続きが始まった。

機内はいくらか席が空き、飛行機が飛び立って住宅の密集した関東平野の上空を過ぎるといつもどおり田畑が見えてきた。まばらに雲の影を背負う下界は、数ヶ月前に飛行機から見下ろしたときよりも水田の緑は薄くなり、乾いた黄緑色を呈していた。それはゴルフ場の芝も同じで、しかし水田と違ってナマズが並んだようなかたちをするゴルフ場は一目でそれとわかり、上空からの景観を奇異なものにしていた。

それが東北地方に入ると、以前見下ろした時と変わらぬ濃い緑色を呈する山地がどこまでも続き、人里から離れたところの上空を飛行機が飛んでいることを知らせてくれた。それも間もなくすると真っ白な雲で下界との視界は遮られ、私は当惑するのだけれども、ずっと向こうに広がる海だか空だかの見分けのつかない自然の領域が幻想的でずっとそちらを眺めていた。


すると眼下に突如山並みが戻り、私の視線は山地の向こうに続く水田地帯へと向かった。この岩手の米どころは縦に延び、日本人の昔からの食生活を物語っていた。そしてこの景色は山より私の目に優しく映り、その優しさは人里そのものだった。

つくづく日本は緑の多い国だと実感した瞬間である。

下北半島から海に出ると、北海道まであとわずかである。苫小牧上空から飛行機は北海道に入り、水田より畑の多いところを通過した。その後東北の山地よりもより鬱蒼とした感のある濃い緑に覆われた山地を通り、すると再び山間に畑や水田が広がるところへと入った。時にその田畑のかたちはピカソの絵のように幾何学的だったりもするし、きれに長方形に整えられていたりもする。そしてここでもナマズが並んだようなところがあると思うと、やはりゴルフ場だった。



北海道はとても広い。

飛行機がさらに進むとうっすら雲のかかるずっと向こうまで山は続き、湖らしきものが見えたかと思うとその向こうの海まではっきり見渡せた。そして見渡す限り、大自然だった。このあたりでは人里らしい集落の見あたらない、本州ではみたことのない雄大さがある。こうして北海道らしい自然の中を飛びながら、飛行機は稚内へと向かった。

稚内空港が間近に迫ると風力発電の風車が大量に設置されているところがあり、それらは十字架のように動くことなく風にさらされていた。その後日本の北の果ての海を見渡しながら飛行機は旋回して空港に到着した。

飛行機が止まったとき、視線の向こうには利尻富士が悠然と聳えていた。思いの外ここで初めて見ることになった利尻富士は、それが利尻富士とわかった途端に妙に感動がこみ上げてきた。楽しみな道北旅行である。

2011年8月28日日曜日

ヤブランの群生より

昨日の雨が上流から流れてきたようで、浅川の水位はいつもより深く、流れは急だった。それでも対岸にいる若者たちは丸みを帯びた石の敷き詰められた浅瀬を裸足で歩き、小石を川に投げ込んで遊んでいた。

私はいつもより急な流れをしばらく見つめてからおもむろに空を見上げた。まだ灰色がくすぶったような色をしていることにまた雨がくるのかと思ったが、その後視線を再び水の流れに戻した時にはつい先程より川の流れが急に感じて、雨雲のことは忘れてしまった。そして、ここに来る前に茶の間のテレビで見た札幌マラソンで走っていたランナーも、そばで見ればこんなふうに速く見えるもんだろうかと、子供の頃に見た、大会で走るマラソン選手が速くて驚いたことを思い出した。

そんなマラソン選手の面影をよそに、この水の流れを目で追ってみるも、水のかたちはみるみる変わるうえに他の水とも混じり合うのでどの水を追っていたのか数秒でわからなくなる。それでも下流のどこかに流れていくことは確かで、この確信がなにやら勇気らしいものを私にもたらしたようだった。

そういえば、マラソン選手のみならず他のスポーツ選手の活躍を見て、そこから勇気をもらうと人はよく言う。母も澤穂希のシュートシーンを何度も見ては感動したと言っていた。そういう選手たちの動きは水の流れのようにしなやかなのかも知れないと妙に納得すると、川の流れの周囲に生える草むらが目についた。

この草の中にも水は含まれている。上空の雲のなかにもこれから雨をふらせようかと待ち構えるように水はたっぷり含まれている。そして昨日の雨はこうして目の前をどんどんと多摩川へと流れている。私がこの一連のダイナミックなサイクルのなかで生活していることを今更ながら楽しく思っていると、二匹の犬が飼い主のおじさんに連れられて流れのそばにやってきた。

一匹はダックスフンドで、この犬は水が好きらしく、自ら流れの中に入りスイスイ泳ぎ始めた。もう一匹は柴犬で、こちらは川のなかに入るのを躊躇していたところを飼い主に足先でつつき落とされるようにして流れのなかに身を落としていった。水に入ることに好き嫌いがあるようではあるけれども、気温30度の外気のなかで涼を得た犬たちは、草木が根から水を吸い上げるように長い舌ですくうようにして水を飲み始めた。こうして犬の体内にまで水が取り入れられることに、水は世界中をまわっているのだなと、その活動の広さに私は一人感嘆していた。

この川の近くには公園があり、私はその後公園に足を向けて、木陰にヤブランが群生している様子に目をみはった。その極楽浄土への誘いのような紫の集団は他の植物が生える隙を与えないような圧巻ぶりで、私はそのヤブランの意気込みに驚いた。そしてこのみずみずしいヤブランのなかにも犬の体内同様水が取り入れられていくのが、札幌マラソンのランナーたちが汗を流しては給水所で水を得る姿と重なるのだけれども、ヤブランは選手たちとは違って涼しい顔をしていかにも余裕があるように見えた。

それは公園の向こうに建つ家の敷地で、そこの家の猫がゴロンとリラックスして昼寝している姿のように私には見えた。そしてそれは何の変哲もないどこにでもある日常だった。

2011年8月27日土曜日

いつものお店で

私のお気に入りのお店である『えびすや』は、京王線は南平にあるカレーとらーめんをセットで出すお店だ。2週間ぶりに夫とえびすやを訪れると、店の前のバラ花壇では概ね花がなくなり、暑さが一段落ついた店内は、節電が続いているのか分からないが以前来た時より過ごしやすく、我々が入店したときは誰も客がいなくて静まり返っていた。そして、券売機でチケットを買っていると、客の来店に気づいたらしく、女性の店員さんがいらっしゃいませっと、明るく迎え入れてくれた。

カレー・ラーメンセットを2つ注文すると、程なくしてラーメンが出てきて、その後店員の女性の配慮で、カレーのターメリックライスを、女性である私の分は夫より少なめにして出してくれた。この気遣いは今回で二度目だ。以前夫にライスをあげていたのをこの店員さんは気づいたのかも知れない。なかなかな心配りである。

因みに夫は悪玉コレステロールを減らそうと、普段は魚以外の動物性油脂を取らないような食生活をしているので、ラーメンやカレーの動物性油脂は新鮮で一際おいしく感じるらしく、ああ染み入るわ~とボヤいていた。それが仇となるというのに、、、。

先に出てきたラーメンを食べ終えた頃にはカウンターのみの席はすべて客で埋められ、いつもの賑やかな店内になった。カレーをラーメンスープですすりながらその後完食すると、食器をカウンターの上の台に置いて、ごちそうさまでした、と満席のカウンターを横切りながら湿度の高い外に出た。そして、取り過ぎたカロリーを消費すべく、散歩がてら浅川沿いを歩いて高幡不動駅の方まで向かった。

川の中洲にはカモが4羽とシロサギが、小魚を狙っているのか水しぶきを上げて元気そうに水の中にくちばしを突っ込んでは出し、突っ込んでは出し、と活発だった。私たちがえびすやに向かう前のように、鳥たちも空腹なのかも知れない。

駅が近づく頃には空には雨粒をいっぱいに含んだ前線が明るい空の上に君臨するように北側の空を覆っていた。これは雨が来るぞと思っていると雨より早く雷が轟き、私はその音を聞いて雨粒を浴びる前に帰ろうと歩みを早めた。

2011年8月25日木曜日

井の頭自然文化園より

羽の艶の失せたクロヅルはそのせいもあってか、はじめは私の関心を全く引かなかった。私はそれよりクロヅルの隣のケージにいる、頭から首までの羽が抜けてそこから黒い皮膚をむき出しにした二羽の若いクロドキの、シャキッと立ち尽くす姿に美しさを感じていた。ところが、鳥のケージを一通り見て同じ道を折り返して来るときには、なぜか老いたクロヅルに目が止まり、クロヅルのケージの前にかかる説明を読み、クロドキより完全に羽が抜けきっていない頭から首、そして足の先までをじっくり観察するまでにクロヅルに心は傾いていた。


クロヅルの年は50歳とある。この動物園ではゾウのハナコの次に高齢で、長く生きてきた証のようにくちばしは曲がり、頭から首からボディの羽から、すべて毛羽だったように艶を失って老鶴であることはどこから見てもわかった。しかし、細い木の枝に似たかたちをした二本の足には錨のようなつま先がつながり、海に錨をどっかり下ろして船を固定するように、一本の足先で微動だにせず立ち続ける姿は年齢を感じさせなかった。

しばらくするとツルは一休み終えたようで、程なくして二つの錨を右、左、右、左とゆっくりケージの中の池の底に落としながら、上下の重なりのやや曲がったくちばしを水中に深く入れると、ゴクッ、一息ついてまたゴクッと3度4度にわけて水を飲み込んだ。そしてその合間には白い糞を出し、腰を震わせたかと思うと、それまで水を飲むことに使っていたくちばしを自らの羽の中にもぐらせて毛づくろいを始めるのだった。

私はこのツルの何気ないいつもどおりの営みの姿に、このツルが50歳の老齢であることを感じなくなり、ただ一つ一つの生命活動を続けて生きている姿だけを見いだすようになっていた。それはいたって大人しいものだけれども、すがすがしく生き生きとしていた。私はその後若い二羽のクロドキの前を通り過ぎるのだが、クロヅルの年季の入った営みを見たあとでは、ピカピカでほころび一つ見当たらない羽毛に覆われた二羽のクロドキは、まだまだ青臭くてそこにはまだ生き様のような重みを見出すことができず物足りなさだけを感じた。

その後、行きと帰りで違う印象を持つことになった鳥ゾーンを出て井の頭公園に入ると、朝から降りしきる雨で濡れたベンチは、それでも園内の売店や公園に来るまでに立ち並ぶ総菜屋などで買って来たと思われるランチを手にする人々で埋め尽くされていた。

私は駅に戻る際に、遠回りになるけれども散歩をしたい気分に押されて池の周りを一周してから帰ることにした。足下の土はぬかるみ思わず滑ってしまうのだけれども、そのスリルを楽しいと思うようにさせてくれる優しい木漏れ日があたりを包んでいた。私はこの目にも優しい木漏れ日をもっと浴びたくて日傘を下ろした。ほんのりまぶしい木漏れ日は、どこか老いたクロヅルを彷彿とさせた。

2011年8月22日月曜日

あがたの森公園の方

旧制高等学校記念館の周囲はあがたの森公園となっている。とても整備の行き届いた公園内の池の畔では夏らしくサルスベリが咲き、周囲の黒っぽい岩を照らしていた。このやや和風の庭園は杉や松が多く生え、程良く人工的で程良く鬱蒼としている。


久しぶりにそんな公園を楽しもうと歩いていると、松本駅から自転車を走らせている途中で降り始めた雨がどんどん強くなってきた。昨日の観光より今日はこの雨に手こずりそうだと私は眉をしかめて急ぎ足で池のそばにある屋根付き休憩所に入り雨宿りすることとし、そこには同じく雨に追われるように入ってきた先客の親子連れがいた。

母と娘の親子連れは大人しげに数分雨宿りした後、再び傘をさしたかと思うと池に近づいていった。そして、楽しそうな声を上げて池のコイにパン屑をあげ始めた。4歳くらいの女の子は、群がってくるコイが楽しいらしく、ビニール袋からどんどんパン屑を拾いだしては池に投げ入れることを繰り返した。

すると、30メートルほど離れたところの木陰から、4羽のカモが急ぎ足で出てくるのに私は気づいた。カモたちはすぐそばの頭上に咲くサルスベリのピンク色の花に眼を向けることもなく、雨をものともしない様子だったので、私はずいぶん勇敢なものだと彼らに興味をもったのもつかの間、カモたちは足のヒレを駆使してスイスイ前進したかと思うと、パン屑に群がるコイの中に分け入ってパンを求め始めるのだった。

あれだけ離れていたのに鼻がきくんだなと、カモの勇敢さではなく五感の能力に感心して、それもこれも食い意地のためかと思いながらカモを眺めていたが、もうパン屑は降ってこない。女の子と母親は、パン屑の入ったビニール袋が空になり、つい先ほど池を離れていったのだ。池には亀もいて、カモはコイよりも亀にぶつからないようにより注意を払って泳ぎながらパンを待っているけれども、パンの収穫は望めないものとなった。

この間もずっと雨は降り続く。昨日東京を発つ時からこのどんよりと暗く低く立ちこめる雨雲が流れ去っては来、流れ去っては来るので、もう永遠にこのまま雨雲から逃れられないのではないかと私は思った。

と、おもむろにハトが一羽池を縁取るように置かれた石を飛び降りながら、池に落ちきらないで橋の上に残ったままのパンをついばみにやってきた。そしてハトはパンを食い散らかしながら意図せずして池にパン屑のかけらを落とし入れた。するとコイとカモは凄まじい生存競争を見せつけるように一斉に小さなパンのかけらに飛びかかり、無我夢中でパンを手に入れようとするのだった。

とは言えハトがついばむパンも直ぐになくなる。コイもカモも、もうなにもなくなったことに気づくと、起用にヒレを使いながら程なくして退散していった。あれだけパンを奪い合いながらも流血の惨事に至らないことが、とても平和な生き物たちだと私には思えた。

その間もサルスベリは雨のなかずっと位置を変えずに石を照らし、もうしばらくして、私の不安をよそにようやく雨はやんでいった。

2011年8月21日日曜日

天守閣の方

高速道路の待合い所では、降りしきる雨から逃れようとする人でイスはすべて埋まっていた。と言っても4人も座ればいっぱいというくらいのイスに3人座っていただけであるが、みなそれぞれ帰省でもするのか、夏休みらしい光景だった。


5分後に来るはずのバスを待っていると、最初に韮崎行きのバスが来て二人乗車し、お次は満席の富士5号目行きのバスが通過し、その後おばあちゃんを見送りに来た母娘が、バスが来るまでの待合所でのおばあちゃんの居所を確保してから手を振って立ち去っていた。他に集まってきたのは若い男女一名ずつ。松本行きのバスが来ると、私も含めて待合い所にいた全員がバスに乗り込み、バスはほぼ満席となった。

10分遅れで発車したバスは中央道を走りゆく。それはガードレールが山並みを押さえ込むように高速道路を守っている道のりで、山を覆う木々の緑は迫り出さんばかりに高速脇まで密生していた。この日は雨の日らしく、山間の集落には霧が立ちこめ、ネズミ色の雲が低い位置まで降りていた。そして私はそんな景色を重々しく感じるうちに眠りに落ちてしまった。

目覚めたのはバスの休憩が入る双葉インターだった。その頃には先ほどまでの雨がすっかりやみ、松本観光は順調にできそうだとの期待が膨らんだ。しかし、15分の休憩が終わって再びバスが走り出すと、間もなく雨は降り始め、期待は不安へと変わっていった。

不安を抱えながらも、諏訪湖を望む眺めを過ぎて小規模の水田や畑を無数に通り過ぎ、棚田がちらほら見えたりすると、やはり長野もいいところだとの感想を持った。そして、バスが10分遅れで松本バスターミナルに到着すると、時折小雨が振るだけで、それは観光に支障がでるほどではなかった。

私は二度目の訪問となる松本城公園に向かったが、駅周辺にはそれほどいなかった観光客が公園内にはいっぱいいて、観光客の向こうに聳える黒塗りの天守閣の人気ぶりを物語っているようにだった。この小ぶりの天守閣は以前来たときも私は好感をもったのだが今回もやはりかわいらしく粋に見え、私がもっとも好きなお城であることは当分変わらないだろうとの思いを強めた。同行した夫はというと、東京を久しぶりに離れてほっとすると肩をなで下ろし、東京では極力控えている外食を松本でできたことを喜んでいた。

その後公園を出て夕食を終えると、ライトアップされた城を眺めたくてもう一度公園に行った。夜も7時になると、昼間いた観光客はぱったりといなくなり、地元の散歩をする人がぱらぱらと園内を歩いているだけだった。しかしそのひっそり静まり返った公園では、お堀の鳥がクワックワッと鳴きやんだかと思うとまた声を上げるというのを繰り返していた。特に美しいと思ったわけでもないその鳥の鳴き声は、天守閣をほのかに灯すライトの手前で目立っていたけれども、人影のまばらな公園に防犯音のような効果をもたらし、何か安全性を感じさせてくれた。

そして私は鳥が再び鳴く前に、夜空に神々しく佇む天守閣を後にした。