去年の9月に東郷青児美術館の『ウフィツィ美術館 自画像コレクション展』に行ったものの、ルネサンスのなんとかかんとかと解説があったがあまりよく理解せずに帰ってしまった。NHKで『ミステリアス・ウフィツィ』なる番組を見たが、ちょっとは理解ができたようなできないような。
銀行業をやって大商人となったメディチ家はダ・ヴィンチやミケランジェロなど、画家たちのパトロンだったことはよく知られているところだが、ウフィツィが行政庁舎回廊だったと!そういえば美術展でヴァザーリの回廊がどうこうと説明があったのを覚えている。
ロレンツォの時代にはボッティチェリが活躍したけれども、ロレンツォの死後サンマルコ修道院のサヴォナローラが反メディチ・反ルネサンスを唱えると、ボッティチェリはそれまでとは正反対にそちらに傾倒していった。ロレンツォの後ろ盾があった頃は『ヴィーナスの誕生』など、明るい色彩をつかい、描かれる人物もふくよかで艶やかだったのだが、サヴォナローラの頃の絵に出てくる人物は痩せてやつれている。ただ、反ルネサンス色の強いボッティチェリの絵はあまり評価が高くないとか。
その後メディチ家に出てきたコジモ一世の時代に、画家で建築家のヴァザーリがのちのウフィツィ美術館となる建物に取り組んだ。因みにコジモ一世はトスカーナ大公となって君主に成り上がった人。
その後コジモ一世の息子のフランチェスコがさまざまなお家騒動の巻き起こる中、再婚相手のビアンカと共に、なんとか威信を取り戻そうとウフィツィ美術館をつくって、メディチ家の収集作品を公開したという。
う~ん、こんな流れだったかな。わかったようなわからないような。行政庁舎がウフィツィ美術館になるまででした。