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2011年1月30日日曜日

泉屋博古館・分館

何年も前に、私が入っている集合住宅の北側の空き地に家が建った。その後しばらく静かな生活が続いたものの、最近になって南側にも家が建ち始め、朝の7時過ぎにその音で目を覚ました。

これから住む人にとっては期待の音であろうカーンカーンというトンカチの音。それも周囲の住民の一人である私にとってはただの騒音でしかなく、うちの猫にとっては全世界の崩壊のように聞こえるようで、一日中窓の外に釘付けだ。向こうの家のおばあちゃんは、確か家からほぼ出ない生活をしているはずだが、もう外に出ることができない老人にとって、耳が遠くなって音が聞こえないとは、無警戒になって危険でもあるが、こういう時はストレスにならず幸いかもしれない。

そんなご近所を後に、泉屋博古館で開催中の『中国の青銅鏡』に行ってきた。

日本にも入ってきた青銅鏡は、日本では主に権力の象徴であったが、中国では工芸品として、人々が一つずつはもっているという品だったらしい。展示では漢から唐、宗の時代までの青銅鏡が置かれていて、ギャラリートークではその特徴、変化などを追っていた。

青銅鏡は呪術的な意味合いをもたれたり、霊力があるものとして扱われ、子孫繁栄や不老長寿などの願いをかなえるものとして珍重された。その力は鏡背面にさまざまな文様を施すことによってより強められると信じられたため、展示されている鏡には多様な文様が入っていた。そこには龍、鳳凰、馬、鹿などの動物に加え、植物もある。

文様は素人の私にはなかなか何が描かれているか判別できないが、ずいぶん凝っているとだけは思った。特に、権力の象徴としてではなく、誰もが持っているものとしてこれがあるのはすごいと思った。こんな青銅鏡をどこかで拾ったら、私は必ず持ち帰るだろう。

そして青銅鏡に、家の前の建設工事を静かにしてくれと思わず願をかけて帰ってきてしまった。