今日も太平洋の向こうで白熱中のMLBの放送が。サンフランシスコ・ジャイアンツと戦っているのはフィラデルフィア・フィリーズだったんですね。
『失われた時を求めて』について。
主人公がある日マドレーヌを食べた瞬間、それがかつてコンブレーで口にしたマドレーヌの味だとわかり、不意にコンブレーの思い出が生き生きと蘇ってくるところです。これがプルースト言うところの「無意志的記憶」で、この後膨大に続く物語の要所要所で手を変え品を変え出てきます。
叔父アドルフがココット(高級娼婦)を家に呼んで幼い主人公に会わせてくれた時、主人公は叔父に絶大な感謝の念を抱いたのですが、それを両親に素直に伝えてしまうところの描写が面白いです。
この作品に専念するためにアパルトマンをコルク張りにして外界の物音をシャットアウトしてまで描いた甲斐があります。偏見を持つ前の子供の思考と心理がとてもよく再現されてます。
「ところが不幸にも両親は、いざ叔父の行動を評価するときになると、私が採用をすすめる原理とはまったく違った原理に頼ったのだ・・・・・・」
『失われた時を求めて1 スワン家の方へⅠ』p179までから。
背中を向け合いながらも二人で散歩を楽しむ猫たち。