旭川の町も十数年前に比べて随分変わった。大震災や福島原発の直接的影響は見られないものの、そのはるか以前からある拓銀破綻以降の大不況が未だ大きな影を落としている。買い物公園にはいつの間にかあっちにもこっちにも至るところコンビニが入り、繁華街という雰囲気は大分減っていた。そして丸井今井が閉店したさまは、そこだけ夕張の炭鉱跡のようだった。
旭川駅から旭川空港までバスで向かうと、道路沿いにはここでもふきのとうが沢山生えていた。東京では桜が身頃の季節と思うが、北海道はふきのとう真っ盛りだ。それに昨日今日と晴天続きでより春らしくなった感じだ。東京に戻る前に北海道の雪解けの春景色をしっかり目に焼き付けておこうと思いながら、35分間バスに揺られていた。
バスを降りてそのまま搭乗ロビーに行くと、出発一時間前を切ったところなのに誰も客がいなかった。ガランとしたロビーでひどく大音量のテレビを横に、飛行機の離発着を見ようと最前列の窓際に座った。地方空港のこのガラ空き感は、羽田の混雑を抜けて舞い降りるといつもそのギャップに戸惑っていたのに、最近は誰もいない鄙びた温泉を一人独占して楽しむようにくつろぐことができるようになった。
それも10分20分もすると徐々に乗客がやってきて若干の喧騒が始まった。しかし旭川から新千歳に飛行機で行く人は、使用される機体の規模からするとほんの僅かだった。
機内に入り座席に着くと、しばらくして飛行機が滑走路を走り始めた。旭川空港の隣には広い芝生の公園があるのだが、窓の外を見るとその公園に人が二人立っていた。決して若くない二人だ。その人たちは私たちの乗る飛行機に向かって色あせた黄色いハンカチを大きく大きく振っていた。この飛行機に子供か友人でも乗っているのかと思ったが、それにしては振りが力ない。このあたりに住む人で、こうして毎日飛行機を見送ってくれているのかも知れない。向こうからは見えるはずもないのに、私は思わず手を振り返した。船ではよくあることだが、飛行機でこうした経験は初めてだった。
離陸後はきれいに区画が整えられた田畑が続く北海道らしい農場が続いたかと思うと、すぐに山岳地帯に入った。その山岳地帯は見る限り続き、遮るのは上空に浮かぶ雲だけだった。それはまさに樹海だった。
旭川から千歳までは機内放送によると28分。そのうちの半分くらいを樹海が占めていたと思うが、突如再び田畑が始まった。それは上川盆地の黒い土とは違い、薄い茶色の土だった。一つの山岳地帯を越えるとこれほど土が変わるものかとその理由をいろいろ考えたが、知識が何もないために答えが出ないまま、今度は海に出た。大海原は森林同様深い自然だった。山も海も上空からだと身動き一つしない存在に見えたが、その静けさが逆に怖い印象だった。
スカイマークはいつの頃からか旭川⇔羽田間が新千歳経由便になり、旭川空港を比較的よく利用する私は随分不便になったと恨んだこともあった。そして値段の高いanaに乗ったりもしたが、この経由便のお陰で旭川⇔新千歳間の景色の素晴らしさに気づくことができ感謝している。私はこの景色が好きなので、羽田から旭川に行くときは、きっとまたこのスカイマークの経由便に乗るだろうと思う。