海はすべての源と言われるけれども、14歳になる我が家の猫はまだ一度も海に行ったことがない。10年くらい前に、猫を飛行機に乗せて東京から北海道に連れて行くという無責任にも過酷なことを強いてしまったせいで、海を渡った経験はあるが。
うちの猫は外には出ない。しかし、窓を明けると真冬のよほど寒い日でなければ急いでベランダに出て何するでもなくゴミ出しの日を待つダンボールの上で寝転んだりし始める。そしてスズメが電線にとまれば釘付けになり、セミが落ちてくるとくわえて持ってきてくれる(私は欲しいわけではないが)。車が通る音は恐怖心をもたらすらしく、敏感に反応して怯えてしまうのを見て、車は怖いものなんだと再認識を促されたりもする。
そんな猫を浜辺に連れて行ったら、その広さに逃げ場を失いパニックになるかもしれないが、慣れれば砂浴びを楽しむようになるかも知れない。
遠い遠い海の世界は、老いた猫には刺激が強すぎるか。でも、そんな私の心配など、もう猫の心には響かないかも知れないのがちょっと寂しい今日この頃だ。
石巻市の先にある通称猫島の猫たちは、生き残った猫も多くいると聞いた。声なき声をあげながら、生き延びる猫のたくましさが、自分にはない能力に思えて憧憬を呼んだ。なすがままの荒波を、何頼るわけもなく逃げ惑い、何かに翻弄され、何かにしがみつき、夜目がきくから太陽など待つ必要もないのが、私にはない強みだ。