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2011年7月2日土曜日

冷蔵庫のようなスーパー

連日の暑さよりマシとはいえ、今日は湿度がひときわ高いために不快指数も高くなり、外出がついつい億劫になる。もう窓辺の葦簾は気休め程度にしか感じられないほどだ。そこに、福島で焼身自殺か、などという情報が入ると、脳の働きは一旦停止し心が空っぽになり、その後一気に暗くなる。そのためか、葦簾を立てかけて部屋が薄暗いのが、より暗く感じられた。

それでも私の気分とは裏腹に宇宙のリズムは波動を続け、外に出ると一気に空間は明るかった。

スーパーに行けば自然に産地を選り分けている自分がいることに、まだまだ生きる気力を持っているのだと自分で驚き、冷蔵庫のようなスーパーの涼しさに癒されたところで再び宇宙のリズムで日差しが照り返す通りへ出た。

それにしても、この心の暗雲が放射性物質の半減期が過ぎるまで続くと思うと、恐らく生きている間に平和は来ないことが予想され、福島での自殺が思い起こされた。

まだ産地を選ぶくらいに気力があるんだからと、とぼりとぼりと家に帰った。