渋谷駅を東口に出て高架下を渡ると宮下公園があり、その手前には昔ながらの古い長屋が残っている。線路沿いにあるその長屋はなんとか横町とか看板が出ていたと思うが、どの店も夜間営業の飲食店などを営んでいるようで、昼間は一軒の店も開いていなかった。京都の町屋顔負けのお隣同士で支えあっているこの建築は、ちょっとの地震でも崩れるのではないかと見ていてハラハラするが、肩を寄せ合う雰囲気は格別の味があり、特にこうしてせわしなさのない静かな時間帯だと、昔懐かしい温かみを感じる。
長屋が終わったところで高架下を西に戻ると神南という町に出て電力館が見える。神南というのは明治神宮の南に位置することに由来するらしいが、一丁目は電力館やマルイなどがある商業地となっている。ここは何度も通ったことがあるのでもう少し歩いたところを再び高架下を東へ向かうとまだ宮下公園が続いている。線路沿いに広がる縦長のこの公園には、昼も夜もいろいろな人生ドラマがあるのだろうと思わせるような場末感がある。それは長屋のあるところから変わらぬこの一体の雰囲気だ。
宮下公園の先端の手前でトンネルをくぐって西側へ行くと神南二丁目となり、NHK放送センター
やNHKホールがある。他にも渋谷公会堂や区役所、税務署、保健所と公共施設が集まっていて、渋谷といっても若者の街っぽさとは程遠い。因みに二丁目は2010年7月の段階では人口がゼロだったらしい。霞ヶ関ほど人も建物も均一化された金太郎飴のような雰囲気ではないが、若者からも生活感からも離れたわりと無表情な一体だ。
ところがそこから数百メートル坂道を下って宇田川町まで来ると若者がどっと増える。一気に増えて、交差点では赤信号とともに人がどんどん溜まってくる。この辺りに来るといわゆる渋谷らしい光景が見える。私はこの後109を起点にぐるっとUの字を描くように文化村へと向かい、『フェルメール』展を見に行った。
文化村を出た後は道玄坂と円山町が接っする道を南下した。明治の頃から花街として賑わっていた円山町だけあって、昼間は通る人も少なく今もその名残は十分ある。ところがその一体を過ぎて渋谷駅が近づくと、普通の繁華街になって再び人が多くなる。
せいぜい1キロ四方ほどのエリアでこれほどにいろいろな顔を持つ地区が混在しているのは渋谷ならではの特徴だと思う。人間のあらゆる面が凝縮した街という感想だ。