総武線の飯田橋駅を降りると小石川後楽園へは歩道橋を渡って歩いて8分ほど。この庭園の紅葉が見事という話はこれまで何度も聞いたことがあるが、つい最近も、夫がお母さんを連れて行って感動していたと聞いたばかりだ。桜の頃に来たときは本当に見事だったが紅葉の方もちょっと期待が膨らむ。
晩秋を迎えて前日までより肌寒いこの日、落ち葉のグンと減ってきた道のりを経て後楽園の敷地に入ると、これから冬を迎えるはずの園内からは不思議と緑の息吹が襲ってきた。この襲撃の追い風は私を後ずさりさせそうなはずなのに、身体は前へ前へと進もうとする。まるで襲撃を歓迎しているようだ。入口付近はそれまで道に落ちていた桜の葉のような細長い葉とは違うモミジの柔らかい葉がいっぱいなのだが、緑の息吹と紅葉の襲撃を快く受け入れた私の身体は、春なら垂れ桜が迎えてくれる庭園内へと向かっていった。
垂れ桜の前を左に曲がり渡月橋の方へ向かうと、風が吹いて聞こえるモミジの木独特のサラサラいう音が私を迎えてくれる。無限のように広がるこの空間に、噂を信じて来てよかったという思いでいっぱいになる。ここはきっと絶景だ。都内のどこよりも元気に鳴く鳥の声が、この景色の美しさを証明するように辺りに響いている。
渡月橋を渡り終えて大泉水の方へ向かい耳を傾けると、カモがほとんど音を立てずに水面を移動しているのがわかる。随分と器用だ。頭上の鳥のさえずりは賑やかなのに、水中のカモは滅多に鳴くこともなく、水中ではヒレをばたばたさせているはずなのに聞こえるほどの音を立てず、まるで猫が獲物を狙うときのように静かに活動している。それでも群をなして小気味良く動く彼らは時々ピチャッと水のはじく音をたてクワッと鳴く。きっと互いにぶつかりそうになったのだろう。時に葉をついばむような音も聞こえるが、それでもカモは至っておとなしい鳥のようだ。
以前小石川後楽園のガイドの人に、円月橋の近くだったと思うが、この辺りは紅葉の季節になるとモミジの赤一色になるところにイチョウの木が一本聳えて、赤と黄色のコントラストがとても美しいと聞いたことがあった。実際に円月橋のあたりを歩くと、それまではやわらかいモミジの葉が散っているのであまり私の足音はしないのだが、あるところに入ると急にシャッシャッと強い音が出るようになる。イチョウの木の下に入ったのだ。イチョウの葉はモミジの葉に比べて肉厚で破れにくい。その強い葉を踏んで歩くとはこんなにも反応が強くなるものかと種の違いを実感した。
後楽園には内庭から入り口の方へ向かうところに木曽路を見立てた路があるが、そこに生える木はほとんど常緑樹らしく、鬱蒼としてずっと日差しを遮り続けている。そのため周囲の気温は他より低くなり身体が冷えてくるうえに薄暗いため山奥に取り残された感覚が強まり心細くなってくるのだが、それでもなんとかこの苦境を脱しようと石段を踏みしめて歩き続けると、突如光が射してくる。それまで日差しを遮っていた木々もここで終わりのようだ。先には入園したときに出会ったのと同じモミジの静かな足音が再び始まる。葉が大分落ちた枝の間からは暖かい日差しが射してくる。生きた心地を取り戻した。
噂通り見事な小石川後楽園の紅葉だった。
以下小石川後楽園の画像