ページ

2011年8月6日土曜日

北のウォール街の夜

ホテルで一休みした後、晩御飯を食べに小樽の街に再び繰り出した。

日差しもだいぶ落ちやや暑さもやわらいだかとホッとしながら、私は駅構内の観光案内所でもらった小樽地図を片手にアーケード商店街になっているみやこ通りに入った。すると入ってまもなくの店舗と店舗の隙間に、どっしりと置かれたグレーの猫の置物を見つけた。

本物の猫とずいぶんよく似ている、でも動かないんだからぬいぐるみだろうと思ってそばに行ってみると、やはりそれは生きた猫だった。首輪をしているところから飼い猫らしく、人懐っこく私の方に寄ってきてゴロンとお腹を見せてジャレついてきた。あのどっちりと座った佇まいからは想像だにしない柔和さのこの猫にあっけにとられながらも、猫好きの私はコロコロと頭を撫でて、じゃあね、と挨拶を交わした。港街の猫にしては久しぶりに肉付きのいい猫を見た。

嬉しい猫との出会いに本来の目的を忘れそうになったが、私はアーケードを南小樽方面に歩いて最も端の方に位置する「あまとう」というお店に行きたかったのだ。ここは私が小樽に来る日まで、夫が毎日のように来店をすすめていたお店で、札幌滞在中には支店を見かけてはいた。本来はぜんざいのお店で晩御飯になるようなものがあるかはあまり期待していなかったのだけれども、予想は大幅に外れて来て良かったと大喜びである。

数あるぜんざいメニューに比べて食事メニューはサンドウィッチだけで、全部で5種類あったろうか。私はその中でカニサンド+サーモンとツナのサンドを注文した。これが絶品だったのだ。

小樽は海鮮がおいしいというが、サンドウィッチに入っているカニやサーモンまでおいしいとは、おいしいことを願って注文したにもかかわらず感動である。素材のおいしさもさることながらつくりもとても細かく、具のトマトときゅうり、レタス、バター、からしがうまくミックスして、海鮮のおいしさを邪魔することなくサンドウィッチらしい食感と味わいを楽しむことができた。これで780円は安い。とても嬉しい晩御飯を頂いた。

その後アーケードを出て海側に緩やかな坂道を下ると歴史的建造物のオンパレードだった。最も代表的なのは現在金融資料館になっている旧日銀小樽支店だろうか。夕闇のなかでも重厚な石造りの存在感は十分で、それはその後現れる旧三井物産、旧三井銀行、旧北海道銀行本店と続き、小樽が北のウォール街と言われたなんて大げさなと思っていたが、あながちジョークではないのだと感慨深かった。

そして運河に行き当たると観光客が夜も溢れ、記念写真を撮っていた。その向こうの運河倉庫の並びは、昼間見るより夜の薄明かりのなかの方が趣があるように思えた。そしてそれは飲み屋の落とされた照明の方が人はアラが隠れて美しく見えるのと同じようなものかとも思われた。

こうして昼間とは一味違う感想を抱きながら夜の散歩を終え、駅前に建つホテルへと戻った。8時くらいだった。

ホテルの窓からは小樽駅が目の前でよく見える。バスターミナルを小樽商科大行きと掲げた一台のバスがくるっと一回りして道路へと出て行った。金融が盛んだっただけあってやはり商科大である。しかし、そんな過去の繁栄とは相反するかのように夜が深まるにつれて人の往来がみるみる少なくなる小樽駅の駅舎は、ケーキの上にのる砂糖でできたこぢんまりした家のような佇まいで闇の中を窓越しにみるとずいぶんかわいらしい。

小樽の過去はちょっとした散策のなかでも少なからず感じられたが、小樽の現在はどこにあるのだろうとふと思った。明日の散策でなにか見つけられればいいが。