保安検査場を並ぶことなく通過し、果てしなく遠いスカイネットアジアの搭乗口に着くと、これから滑走路に向かう、恐らく鹿児島行きの小型便が搭乗ゲートから離れていくところだった。スカイネット特有の派手な柄の機体は曇り空の中で異様に目立っていたが、空港までの東京の町並み同様、どこか活気がなかった。
今飛行機が出たばかりで誰も居なくなった搭乗ロビーに、私は取り残されたように立つこととなった。そして気を取り直してロビーの最前列の椅子に腰を下ろすと、しばらくして数人の搭乗客がやってきた。乗客は私だけではないのだとの若干の安心感を得たところで、ややもすると、またもや派手な柄の飛行機が搭乗ゲートにやってきた。私が乗る飛行機はあれかなと思いながらその飛行機を心の中に迎え入れ、無事大分に到着してくれることをひそかに祈った。
定刻通りに飛び立った飛行機は、曇り空の中へと入っていった。強い向かい風のために大分に到着するのが10分ほど遅れるとのアナウンスが聞こえないほどのエンジンの音、そして風を切る音だった。雲の中では一面真っ白で、これはつまらない空の旅になるぞと観念し始めた頃、ようやく眼下に海と陸の境目が見えた。海岸沿いに町が広がり、港には家屋が集中している。静岡県に入ったらしい。小さな島が近くを点々としているのは、日本の縮小版のように見えたが、これでは確かに津波にのまれるなと、周囲の波が静かなことにホッとした。
あそこもまだ空かと思いきや、船が波を従えて走っているので海だと認識をあらためるのだけれども、窓の外は上から下までどこまでも薄曇りで、船がその波で活動を示さなければ、すべて空に見えるところだった。そんな最中も飛行機は向かい風に立ち向かいながら、ガタン、ガタンと揺れを起こしながら、私たちを大分へと運んでいた。
着陸態勢に入るために飛行機が高度を下げると、四国が見えてきた。そしてまた海が広がり、大分海に近づいたために波肌まできれいによく望むことができた。それもつかの間、九州に入ったかと思うと、あっという間に大分空港に着陸した。
四国に入ったところ
湯布院行きバスからの車窓
近所の公園も新緑真っ盛りだが、ここ大分も緑の茂みが山を覆い、モコモコだった。それは松だったり杉だったりといろいろな木によりつくられた自然の光景で、様々な緑を楽しむことができる。
由布院へは空港から40分くらいで着いた。女性の嗜好にこたえる温泉街と聞いてはいたが、駅から金鱗湖までの通りには若い女性が好むような洒落たおみやげ物屋さんが並んでおり、他にも、私は行かなかったが、美術館などもあるようで、数日滞在しても飽きることなく楽しめるようだった。そして湯布院といえば由布岳と金鱗湖である。
東に由布岳を従え、金鱗湖はその麓に静かに佇んでいた。思っていたより小さな湖で、見えるところの水深はごく浅いものだった。そこを淡水魚が元気に泳ぐさまは、大規模な温泉ホテルのない湯布院らしいおとなしいものだった。
この辺りに来ると観光客はひっきりなしにやってきて、由布岳麓の自然を楽しむのであった。ところが湯布院の町を走る人力車の真っ黒に日焼けしたあんちゃんが教えてくれたところによると、由布の昔ながらののどかな光景を楽しむなら金鱗湖より南側に下がったところの風景がいいらしい。私は金鱗湖まで歩くのが精一杯で、そちらの田園風景を眺めるには至らなかったが、空港から湯布院までの道のりでも山の斜面に段々畑が見え、とても風情があったことを思い出した。
この日泊まった由布岳麓の宿のアルカリ性のお湯はとてもよくて、バスのエアコンで冷えた身体を十分暖めることができた。
東京より西に位置する大分なので、数十分だけれども東京より日没が遅い。そんないつもよりほんの少し遅い日没を、もう部屋に戻ってしまうのはもったいないと思いながらも、よく知らない土地だし、きっと通りのお店も、他の今まで行ったことのある草津などの温泉街と同様夜の7時くらいには閉まるだろうと思いながら、宿の部屋の小さな窓から待つこととなった。
お湯が枯渇することなく残ってほしい湯布院である。
金鱗湖
湯布院で見かけた猫
のっそのっそやってくる
そして通り過ぎて行った
この日泊まったレディースホテルプチ湯布院の方はとても働き者だった。接客から調理から一人ですべてをこなしているように見える。まだ若いであろうこの女性は、いつ休むのかと思うほどである。私以外は客は50代~60代の3人組みだけだったが、ブリのカルパッチョやカレイのから揚げあんかけ、酢の物、焼肉などの夕食も一人で準備しているようなのだ。20時頃風呂に行くためにフロントの前を通ると、お皿を洗い終わったようで、フロントデスクのところに座っておられた。このまま明日の朝食もつくるのなら、相当の稼働時間である。北海道に居る私の母は不動産の経営管理の仕事をしているが、やはり休みなく働いている気がする。北海道から大分まで、働き者の女たちは休まないのであった。